10月10日この原稿を書き始めて三稿目(平成十九年九月)「飾り物がありまして」と題して葬儀屋さんの下受けが、頭髪が長い事が理由で断わられたのを書き、その次の記事で薄汚れた衣服を身にまとい、ガニマタで肩をゆすって歩く私を紹介しました。 頭を剃って青々として、身綺麗にして居れば、一人まえのお坊さんと極めつけて、心の中はどうでも構わないと云うのでは赦せない、みたいな事を書き連ねました。 それではお隣りの国の乾山・拾得さんの様にボロ衣を着ては居ても聖人・君子の心ろの持主が私であろうかと云えば決してそうではありません。 折角のお付き合いですからわたくしの裏もおもてもバラしてしまおうと思います。誰にも話していないことですから、これを読んだから、と云って決して口外しないで下さい。おねがいします。 此の頃のこの界隈二キロ平方メートルには銭湯が一軒もなくなってしまいました。廃業した後にマンションが建ったり、駐車場になったり、仏壇屋さんになったと思ったら、間もなく店を閉め十年近くも其の侭の状態が続いていたり、で指折り算えると十軒程のお風呂屋が廃くなりました。 私は昔からこのお寺に五ヱ門風呂があったり、家庭の小判型の桧の浴槽があったり、今頃は一般家庭用のプラスチック製の物が設置されておりますが、我が家で入浴すると決って風邪を患くものですから、二日に一度は銭湯のお世話になっておりました。 つい、二年前迄は残された最後のお風呂が営業しておりましたが、経営者が老齢で重労働に耐えられなくなって廃業してしまいました。 銭湯党としては、然りとて自分の家で風邪患きを覚悟で入浴することも出来ず、徒歩で十五分はかかるお風呂屋さんに通い始めました。 参ヶ月前のことです。充分に温まらないと風呂に入った気がしないわたしは「長湯をすると心臓に過重の負担がかかって倒れる場合がある」とするTVでの医者の忠告を入れて浴槽の中段に正座して出来るだけ心臓をお湯面から外に出すようにしておりました。 長い時間になると痺れ感を覚えたり、膝が痛くなったりしますのでチョット考えました。我ながら妙案が浮んだのです。 洗い場で身体を洗う時に使う腰掛けを浴槽に持ち込んだら問題は解決だ、と早速実行してシメシメと喜んでおりましたところ、五分も経った頃です、裏の焚き場から若い者がとび出して来て「腰掛けを中に入れないで下さい」と怒鳴って姿を消しました。 「知らないことで済みません」と直ぐ腰掛けを出して、あやまりましたが、何とも居心地が悪いので、そこそこにして銭湯を出てしまいました。 沢山のひとが入る浴槽ですから「手拭いは入れないで」など公衆衛生に関する注意書きが掲示されているくらいです。 身体を洗った際の石けん液とか垢などの類が付着した物を持ち込むのは不可なのは充分考えれば判ることで、注意されて當りまえなのですが、始終看視されている様でリラックス出来ない風呂を敬遠してしまって、今は片道二十分はかかる大井町のお風呂に替えました。 何とも因業な私です。 |
9月15日昨日のことでした。十一時からの或るお宅のご主人の百ヶ日忌の法要は一ヶ月も前から予定されておりまして、お部屋の準備もし、茶菓子の用意もし、九月に入ると同時に台風九号の影響もあったりして樹木の枝葉も散乱していたりして境内が汚れておりましたから、汗みどろになって竹ボーキで掃き清めたりして ご入来を待っておりました。 親せきの方々は顔をお揃えになっていたのですが、定刻になっても肝腎なお施主さんをお勤めになられる奥さんがお見えになられません。“どうした事か”と時計とニラメッコしておりましたら、故人の甥にあたる方が訪ねてまいりました。 そして云うことには「伯母は骨折して入院加療中のため、本日は私が施主の代役をいたします」と云って来られました。 十分程遅れてご一同を本堂へご案内して副住職と一緒に故人の冥福を祈っての荘厳な法要が営なまれ、法要後に庫裡の三階に併設の堂内墓地のご当家の霊壇に掌を合わされて、立派に百箇日忌を終えられて、降り始めた雨の中を辞去なさいました。 実は施主の代役を勤められた方の父上は昨年の十一月に逝去されて、上野の寛永寺の葬斎場で盛大にご葬儀が執り行なわれ、次いで初七日忌や四十九日忌に墓地埋納を併修され、更に百ヶ日忌も勤め終えてようやくホッとひと息ついた所で、かねてお医者さんから長年、心臓病があり、「今度発作を起こしたら危険です」と云われていた父上のお兄さんが、近所のコンビニに買い物に行って支払いをしようとした時、突然「ウッ」と声を発して、其のまま息絶えられたのでした。時に本年の六月でした。想い出すと弟さんの通夜の夜もあくる日の葬儀の折も甥の喪主よりも頑張って儀式を執り仕切っておられ、四十九日忌お骨納めの時も奥さん共々に元気にお詣りされておりましたのに、僅か半年後には跡をおうようにして他界され、その奥さんも骨折して百箇日のその日は病院で痛む足を抱えて無念の思いで過ごしておられる、なんてお気の毒と云う以外ありません。 然し、夫の大切な法会を任せられる甥ッ子を持ったことを病床で喜んでおられることは想像に難くありません。 或る時、この伯父夫妻と甥とその母が、この寺の応接間で話し合っている中に住職もおりました。 その折に「わたくしが万が一、お二人が亡くなった際、すべてを任せていただきます」と子のない伯父・伯母に約束しておりました。 甥は社名を聞けば誰にもすぐ分る製靴業の社長ですから、こんな事は苦もなく出来るに違いありませんが、今の時代いくらお金があってもそれは自分と自分の家族のためだけに使い、自分の親にさえ不孝をはたらいて平然としているのが普通です。 ですからわたくしは大いに感心しているのです。顧ると住職が壮年期のホンノ参拾年も前にはお互いに心を尽し合った世間がそこにも此処にもあったものです。 |
8月21日前稿で「寺の朝は早い」との書き出しで五時には毎朝眼が覚めるとご紹介しましたが、これにはチョット説明を加えねばなりません。 正しくは「今年の二月一日以来」のただし書きが必要だったのです。 それでは それまではどうだったかと申せば、永い間、七時には夏冬を問わず蒲団から抜け出して 洗顔などして本堂の経席に座るのが七時二十分頃です。これから法華経二十八章の中から 特に抜きん出て必要とされている十一章を四分割して毎朝二十分程の時間をかけて朝勤を続けておりました。 ところが昨年六十才で出家得度を申し出て度牒式を挙げた弟子が「二月一日から朝勤 に出座いたします」と決意も固く申し入れてきました。その時師匠であるわたくしは申しました。「朝は七時二十分から二十分間お経を誦げますから是非どうぞおいで下さい」と。 二月一日のその日の朝を迎えて、彼は頭も五厘刈りにして真新しい道服を洋服の上に羽織って玄関に入ってきました。一緒に本堂に上って、最初に拝礼の所作などを教えて、ハテいよいよ読経の段になって彼がどの程度にお経を習熟しているのか見当が付きませんので、此処は新発意の調子に合わせるの外はなしと考えて読経の速さの楽器を任せることにいたしました。 所ろがどうでしょう。まるで読めないのです。新発意が読めないのは当りまえで、そこはわたくしの認識不足だったわけです。 何と永年ひとりで二十分も掛ければおつりが来た朝経がタップリ一時間近くも掛るのです。彼は初日にそんなに掛ったのを「何とかしなければ」と考えたのでしょう。 翌る朝から十分ぐらいづつ出勤の時間が早まるのです。以前にも記述した通り美容院のオーナーですから、この寺から自転車で三十分程かけて自宅へ帰ってから開店までのあいだに店の掃除やお道具の手入れや色々あるわけです。 節分も終ると一日一日夜の帳の明けるのが早くなるのも手伝って余り日数も要さず六時半には出勤し、七時半には玄関を後にするようになりました。 彼を迎えるわたくしは、と見ればその前に通りの掃除があり、更にボケ防止のための日記の記入をしなければなりませんから、五時十分から二十分には起き上らねば彼の予定を妨害することになり、こんな日が続けばせっかくの修行の決意を鈍らせることになるわけですから、師匠として頑張らねばなりません。 五時近くに早起きする習慣に馴れていないわたくしが六時半を過ぎても更に睡っていた事があって、目が覚めて時計を見たら六時四十分になっていて大慌てで玄関を開けたら「十分ほど待ちました」と二月の寒い朝、冷えた手を揉み揉み昇堂したこともありましたが、今では何と夜の十一時や十二時に蒲団にもぐろうと「体内時計」と云う奴が不思議な位、チャンと五時には目覚めさせてくれるのです。 |
7月25日この寺の朝は早い。いくら眠くても仮に昨夕十二時に蒲団に入ったとしても習慣と云うのはおそろしいもので、朝の五時という云うと判で捺いたように目を覚ます。 子守唄がわりに枕もとに置いてあるラジオがNHK五時のニュースをアナウンスすると十五分迄聞いて、昨日のスポーツの結果も頭に入れてベッドを離れる。 先ず血圧を測定して、ノートに書きこみ二種類のサプリメントを水で飲み落して五時半には玄関を出て外気に触れると、多少睡気が残っていたとしてもショボついた眼もシャッキリ、少し重かった身体も昨日の切れを取り戻している。 そこでまずするのは塵取りとホウキを持って、ブロンズ製の山門の外の区道の清掃にかかる。界隈は巨刹もあり、隣りは神社なので樹木がやたら多いから晩秋の頃は落ち葉が多く、或る朝など七〇キロのゴミ袋に六ヶもギュウギュウ詰めにするから掃き集めて袋詰めが終る迄二時間を要することもあるが、これは年間を通しても数日に過ぎない。 通常は道幅六メートル、長さ百メートルの一般道を二十分かけて掃き清めて本堂に登る。 「ボケふさぎに卓効あり」とTVコメンテーターが以前云っていたのがきっかけで二十年も前から付けている日記も最初のうちは「朝なん時に起きて、顔を洗って、お経を誦げて、朝食は何時に食べて・・・・・・・・夜は何時に寝た」と毎日よくもこう同じことを繰り返し書けるものだ、と自分でも呆れるぐらいだったが、この頃は政治向きのこととか、街を歩いての感想とか多岐に亘って書き連ねる様になって、 今朝も道路の掃除が終って日記に取りかかり、約二時間半の散歩の途中、スーパー銭湯(と云ってもサウナに入らなければ四百三拾円)に入浴した感想を書き上げたのが丁度六時、それからひと待ちしての間、朝刊を拾い読みして六時三十五分に齢六十才の新発意が「おはようございます」と今朝も顔を見せてくれました。灯明に火を点じ、線香を立てて経机に向って漢字が羅列された経文を音読みします(漢字をそのまま読み下します) 「新発意のそのひとは立派な美容室のオーナーですが、この春出家を志ざして剃髪式を行ない、来春に開催される本山での三十五日間の修行に入る」とは以前ご報告しましたのでその記事をお読みいただいたと存じますがその準備をして二月一日以来大体定時にわたしと二人だけで約一時間の勤行(ごんぎょう:お経を読むこと)を致します。 住職のわたしは六十年近く繰り返し、読み続けているお経ですから殆んど暗誦しております。 今朝はこんなことがありました。お経を唱え始めて間もなく夢を見ているのです。このわたしが死んで祭壇にわたしの骸が飾られて、それを葬儀社が仕切っているのをみて「止めてくれ、いやだよ」と盛んに叫んでいるのですが、言葉が届かず、苛立っている。時間にして数分間でしょうが、その間お経は途切れることなく唱え続けていたらしいです。 夢にも見る程、人生の最後を金もうけのために利用する業者を嫌っているのは住職だけではない、と思います。 |
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