7月4日葬儀社に付いては嫌な思いをしたことがあります。 そうです。あれは十年程以前のことでした。同区内に住むお檀家に急に不幸が訪ずれました。 それは、そのお宅のご主人は機械の製作会社の工場現場で仕事をなさって居たのですが ご本人のチョットした不注意で腕が機械に巻き込まれて命を落とされたのです。 五十六才の、まさに男の働き盛りのご不幸でした。 謂わば仕事中の事故死でしたから会社葬と云うことになり、会社の担当者から 「地もとの有名な葬儀社を向けます」と知らせがありました。 間もなく挨拶に来た葬儀業者から「斎場はお寺を使用させて欲しい」とのことでしたから、 お檀家のことでもありお引き受けすることにしました。ひとの出入りの激しい葬儀の一切が 終ると境内も大広間や庫裏も掃除が大変ですが、そんなことも終って二、三日経ってから 葬儀業者がお寺に来て「この度びの葬儀式で喪家からお経料をわたくし共が受領しましたが、 当社の決まりで其の内の二割を申し受けることになっておりますから諒承いただきたい」と 口を歪めて莫迦にした様な微笑みを浮かべて云うのです。このお寺の檀家の葬儀のお経料の ピンハネをしよう、と云うのですから呆れ果てて言葉もありません。 黙って居りましたら二割を差し引いたお布施を置いて逃げる様に玄関を出て行きました。 その前に同じ葬儀社でこんなこともありました。ご近所に亡くなられた方が居られ、そちらの ご子息がこの寺の副住職と中学で同級生だったので、葬儀社から「お寺さんはどちらですか」と 訊ねられて「菩提寺ではありませんが真了寺さんにおねがいしたい」と希望を告げた所ろ、 途端に「ああ、あちらは位いが高いお寺さんですからネ」と恰かも、真了寺に頼んだら 途方もなくお布施を要求される、とでも云いたげに云われたので、家族は「それでは御社に 任せます」と、なったそうで、その友人から副住職が聞いて来て住職のわたしの耳に入れたの でした。 よく聞く話しとしては、各葬儀社はお寺を持たない僧侶と契約して、葬儀が出来ると喪家の宗旨に 合わせてお坊さんの仕出しをしてお経料や戒名料の六割も葬儀社に上納させるのが業界の常識 なんだそうです。ですから葬儀社は自社の利益のためにはお寺の名誉を損なうことを捏造して括として恥じない のです。 ですから大切なひとを送ったお宅で、四十九日忌も終って気持の上で顧る余裕を取り戻した時 「葬儀社の金儲けに付合わされた」と後悔することになるのです。 まあ、そんなことが重なってこのお寺で斎場を使う際には、その業者は「出入り禁止」に しております。 |
6月12日昨年の暮れにお檀家の奥さんが七十七才で亡くなられました。 ご本人が普段懇意にしていた葬儀屋さんがあったので、そこの斎場で通夜・告別式を執り行ったときのことです。 通夜の回向が終って出されたお斎(とき)に箸を付けておりましたら、そこの社長夫人が部屋に訪ねてくれまして、雑談を交わしておりましたら、その中で深刻なおはなしとして「此の頃、葬儀をしないで、直接火葬場に遺骸を運ぶ葬家が多くて、会社の経営も大変です。もう、どうしようか、と思っております。」と述懐されました。 話を聞いたその時は「ホオ、そんな事もあるのか」と他人ごとに感じておりましたが、年がかわって此の春三月、古くから和装屋さんを営んでいたお宅のお婆チャンが八十七才で逝去されて、そこのご長男から「明日の午後二時から桐ヶ谷火葬場の炉の前でお経を読んでいただいて、あとは四十九日忌にお寺で法要をして埋骨することに致しましたので、明日は宜しくお願いします」と電話が入りました。 この頃、これを直接火葬場に運ぶので「直葬」と云うのだそうですが、「これが、葬儀社の社長夫人が嘆いていたことが、愈々我が寺にも出来した」と感じました。 翌る日の指定された時間に斎場の待合室に行くと、お坊さんが外に二人見えていて、縁者らしい人が二十名程椅子に腰を掛けて待っていました。待時間に葬儀社の担当者が打ち合わせで接して来ましたので、必要な会話の後で質問しました。 「以前とくらべて、今の時間すっかり空いていますが、今日は特別ですか」と訊いたら、「最近は毎日こんな具合でこの時間は直葬の葬儀が毎日あります」との返事でした。 「それでは」の声に促がされて、炉前に行くと三人のお棺が炉の扉の前に列べて置かれ、一斉にお経が始まりました。 わたくしはナムミュウ・ホウレンゲキョウのお経を、隣には真言宗のお経を、その向こうはナムアミダブツのお経を誦(あ)げておりまして、読むお経はまちまちでしたが、たまたま読み終わったら、お隣りも又たそのお隣もほぼ一緒に読み終わりました。 時計を見たら、読経の時間は十分間でした。炉前でのお経が終りましたので、わたくしは其のままご挨拶をして辞去しましたが、約九十年の人生で幾人もの子供を育て上げて、ご苦労も並大抵のことではなかった筈ですが、こんなことで良いのか、と忸怩(じくじ)たるおもいでした。 こんな葬儀が連日午後二時に桐ヶ谷斎場の火葬炉の前で行なわれているのです。 現代の世相の一端です。 |
5月24日明日、五月二十三日は本栄寺前住職の六・七日忌です。 先週、水曜日 五・七日忌の法要に伺った時、 『来週は夕方五時半にお待ちしておりますから』と、お約束しましたから、今その心の準備をしております。 初七日にはじまって、都合六回他所のお寺さまの然も前のごぜん様のご回向に参上するわけで、これが当山のお檀家の七日目、七日目のお経であれば、回数を重ねた法事ですから手なれたものですので、そんな苦にすることはないのですが、他所のお寺の前住職ともなると現在の住職をはじめとして寺族のみんなが一緒にお経を誦むことになります。 特にお経の最初の導師ひとりで唱える勧請文と最後に読み上げる回向文とは一般の文章とは全然違うのです。 従って、わたしは七十三才になるまで壇家の回向の回数の百分の一も経験しておりません。 そんな時、大概の導師は印刷された文章を眼でなぞって読むのですが、この年令をしてそんなぐらいを空で唱えられないなんて恥しい、なんて変な自尊心が頭をもたげるもので、ハテ?誦んじて間違わずに勤めれようか、と思うと毎七日の度びに年甲斐もなく緊張します。 それも今度で終りで、この次は大勢のご僧侶やお檀家を集めて最後の七日、つまり四十九日の大法要で大団円となります。 どうかつつがなく終えられますようにと願っております。 思えば、四月十三日の枕経に続く仮通夜とその夜の葬儀・執行の準備、十五日のお通夜、十六日の葬儀。 法要の専門家と云ってもお壇家のご不幸の折、 すっかり葬儀社によって準備された斎場に身ひとつで行って、唯だお経を唱えて、 ご馳走をいただいて『それでは』と挨拶して寺へ帰る気軽な葬儀と異って、何から何まで手作りの大法要を執り仕切る事は大変でしたが、普段緊密にお付き合いしている寺院の住職達が智恵と経験を出し合って、そこへ葬儀社が指示に随って祭壇をつくり、テントを設営し寺と各々に汗をかいて、 結果としてどうやらご遺族に満足していただけた葬儀が執行出来。七日ごとのご法要もわたくし一人でお伺いするのは明日が最後で、残すは再来週の水曜日のみとなりました。 この、ブログの次号では開放感に浸った記事になる事だと思います。 この事からひるがえって思いますと、ほんの二十年程まえ迄の一般の葬儀もこんな手作りの葬儀が主流でした。 中には大会社の社葬などになると葬儀社任せで『青山葬儀所』で、もありましたが普通は自宅で葬儀が行なわれ、地元の町会長が葬儀委員長で受付や諸係は町会長が 通夜やあくる日の料理はとなり近所の奥さん方が包丁を持ちよって家庭料理で弔い客をもてなしたものでした。
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